こんにちは、砂糖次郎です。
ランニングをしていると、「休足日」という言葉があります。
文字通り、走らない日です。
ただ、自分の場合、この「走らない日」が、あまり休みになっていないと感じることが多くあります。
走らない代わりに、家族の料理を作り、家のことをこなし、時には仕事を片付ける。
身体は動かしていないはずなのに、余裕のないまま一日が終わっていきます。
以前の自分は、「一日一日を精一杯生きる」という考え方に、かなり引っ張られていました。
今日が最後だと思って全力を出す、というような感覚です。
ただ、正直に言うと、それを毎日続けるのはかなり疲れます。
現実には明日はやってきますし、生活も、トレーニングも、連続していきます。
いつからか、「毎日を全力で生きる」というよりも、
力を出し切らずに、出し続けることの方が大事なのではないかと思うようになりました。
この感覚は、ランニングそのものから教えられた気がします。
トレイルランニングでは、下りやロードで飛ばし過ぎるよりも、出来るだけ登りでも下りでもそこそこ頑張るほうがタイムも順位もよくなります。
毎日を生きることも、これと似ているのだと思います。
どこかで力を抜ける前提があるから、頑張れる。
毎日、最大出力を出し続ける必要はありません。
それでも、調整しながら過ごしているつもりでも、
ふと、頑張れない期間が訪れることがあります。
客観的に見れば、他の人と比べて、十分やっているように見えるかもしれません。
それでも、主観的には、明らかにエネルギーが落ちていると感じる瞬間があります。
それは肉体的な疲労というより、
エイドで一息ついたあと、再び走り出すのが、妙に難しくなるような感覚に近い気がします。
この期間を意図的に設けないと、
風邪や体調不良という形で、身体が勝手に調整を始めることもあります。
そうなると、考えてしまいます。
「休足の日、ランナーは何をしているんだろう」
「何をするべきなんだろう」
ストレッチか、補強か、知識のインプットか。
効率よく回復する方法を探し始めている時点で、
もしかしたら、もう休めていないのかもしれません。
休みを「何かをする日」と定義した瞬間、
それはもうタスクになってしまいます。
走らないことだけでなく、
考えることすら、少し手放す時間。
それが自分にとって、いちばん下手な「休み方」なのだと思います。

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