【はじめに】
2026年の大阪国際女子マラソンは、リアルタイムでは見られなかった。
というより、その日、自分もフルマラソンを走っていた。
後日、YouTubeでレースを見返した。
ただ、最初から最後まで通して見たわけではない。
序盤の15kmあたりまでと、30km以降。
気になるところだけを拾い見した、というのが正直なところだ。
それでも、強く刺さるものがあった。
【同じ日にフルを走ったからこそ感じた寒さと前に出る】
場所は違えど、同じ日にフルマラソンを走っていた身として、
大阪もそれなりに寒かったんだろうな、という感覚はあった。
トップ選手にとっては、ある程度の寒さは必ずしも悪条件ではない。
コンディションとしては、むしろ走りやすかった可能性もある。
ただ、そういった環境の話よりも、
画面を見ていて気になったのは、もっと別のところだった。
【30km以降、迷わず前に出る】
どうしても放送内容に引っ張られる形にはなるが、
印象に残ったのは下田みくに選手の走りだった。
初マラソン。
30kmを過ぎ、ペーサーが外れてからの展開。
前に出る。
外国人ランナーに一度前に出られても、また前に出る。
その姿勢を、最後まで崩さない。
正直に言って、
「ガッツがある」という言葉だけでは足りないと感じた。
ああいう選択を、あの場面で取り続けるのは、並大抵じゃない。
【苦しい35km以降も、イーブンペースで前に出る】
ペースについて、先に断っておくと、
公式記録を細かく追ったわけではない。
テレビ中継で映る、5kmごとのラップを見て、
それを1km換算で眺めていた程度だ。
それでも、全体としては
イーブンペースで走っているように見えた。
特に、普通なら確実に苦しくなる35km以降でも、
大きく落とすことなく走れているように見えた。
かといって、明らかに飛ばしているようにも見えない。
少なくとも、
ペースが破綻している印象はなかった。
【ペースを守るためではなく、前に出る】
ただ、見ていて強く感じたのは、
「イーブンペースで走ろうとしている」感じではなかった、ということだ。
前に出たい。
負けたくない。
その感情が先にあって、
結果としてペースが揃っていた。
そんなふうに見えた。
ペースを守るために前に出ていたのではなく、
前に出続けた結果として、ペースが整っていた。
少なくとも、画面越しにはそう映った。
【自分なら前に出ないという選択】
自分だったら、どうするか。
答えははっきりしている。
少しでも楽な位置にいたい。
できるなら誰かの後ろにつきたい。
最後に脚を残して勝負したい。
多くの市民ランナーも、同じだと思う。
フルマラソンは基本的に、
周りの選手と戦う競技ではなく、
自分のタイムと戦う競技だからだ。
だからこそ、
30km以降で前に出続けるという選択は、
自分にとっては完全に別世界のものに見えた。
【覚悟として前に出る】
前に出ることを恐れない。
抜かれても、また前に出る。
それを30km以降でやり続ける。
そこにあったのは、
「勝ちに行く」という覚悟だった。
自分にはできない。
だからこそ、あの走りは強烈に刺さった。
【前に出る走りは、そのまま残る】
トップ選手の走りは、
参考になるから見るというより、
自分との差を突きつけられるから見るものなのかもしれない。
同じ日にフルマラソンを走ったからこそ、
その差が、より生々しく感じられた。
この感情が、次の自分の走りにどう影響するのかはわからない。
ただ、間違いなく、大きな刺激にはなった。

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